海洋リテラシー

海洋リテラシーとは、「海洋が私たちに与える影響を理解すること、そして、私たちが海洋に与える影響を理解することである。」と定義されています。数百人もの科学者と教育研究者らが参加する国際会議での議論を経て、「海洋リテラシーを備えた人」が知っておくべき7つの原理と基本概念が整理されました。

海洋リテラシー(Ocean Literacy)はガイドブックの表紙の画像
海洋リテラシー(Ocean Literacy)はガイドブックとしてまとめられています

海洋リテラシーのある人とは、次のような人をいいます。
 ‐ 海洋に関する重要な原理と基本的な概念を理解している。
 ‐ 海洋について、有意義なコミュニケーションができる。
 ‐ 海洋と海洋資源に関わる情報をもとに、責任ある意思決定ができる。

海洋リテラシーの原理と基本概念は、海洋リテラシーにとどまらず、広く科学リテラシーを備えるために理解しておく必要があることとされています。ここでは、海洋科学や科学教育の研究によって新たに加わった知見をふまえて改訂された、2013年版の「海洋リテラシー(Ocean Literacy: The Essential Principles of Ocean Sciences K-12)」のパンフレットの内容を紹介します。(これは、oceanliteracy.wp2.coexploration.org に掲載のリーフレット Ocean Literacy, The Essential Principles and Fundamental Concepts of Ocean Sciences for Learners of All Ages, Version 2: March2013 を、著作権者であるアメリカ海洋大気圏局 (NOAA)の許可を得て(特非)海の自然史研究所が翻訳したものの一部を抜粋したものです。)

海洋リテラシー 7つの重要原理と45の基本概念

1.地球には、多くの特徴を持つひとつの大きな海洋がある。

  1. 海洋は、地球の地表面積の約 70パーセントを占め、地球という惑星の顕著な物理的特徴となっている。地球にはたったひとつの海洋があり、北太平洋、南太平洋、北大西洋、南大西洋、インド洋、北極海などの多くの海洋盆がある。
  2. 海洋盆は、その海底と地質学的な特徴 (島、海溝、中央海嶺、地溝帯)によって成り立つ。地球の地殻 (岩石圏 :リソスフィア)が動くため、海洋盆の大きさ、形、特徴に違いがある。地球上でもっとも高い山頂、もっとも深い地溝、もっとも平らで広大な平原は、すべて海中にある。
  3. 海洋には、風、潮汐、地球の自転による力 (コリオリ力)、太陽、水の密度の違いを原動力とする、つながり合ったひとつの循環系がある。海洋盆の形と近接する陸塊は、循環経路に影響を与える。この海洋大循環 (グローバルコンベアーベルト)は、すべての海洋盆の間で水を動かし、海洋中にエネルギー (熱)、物質、生物を運ぶ。海洋循環の変化は気候に大きな影響をもたらし、生態系を変化させる。
  4. 海水面は、陸地と比べた際の平均的な海の高さであり、潮汐による差が考慮されている。プレートテクトニクスによって海洋盆の容積や陸地の高さに変化が生じるため、海水面は変化する。陸地の氷冠が溶けたり成長したりすることでも海水面は変化する。また、海水の温度変化のために、海水が膨張したり収縮したりすることによっても変化する。
  5. 地球上の水の大部分(97%)は海洋にある。海水には次のような独自の特性がある:塩水である、淡水に比べ、凝固点はわずかに低く、密度がわずかに高く、導電性はかなり高く、わずかに塩基性である。pH のバランスは、海洋生態系の健康にとって大変重要であり、大気中の二酸化炭素を吸収したり、大気中の二酸化炭素濃度の変化を和らげたりする作用をコントロールする上で重要である。
  6. 海洋は、水循環を統合する役割を果たし、蒸発と降水のプロセスを介して、地球上のすべての水源をつないでいる。
  7. 地球上のおもな水系は海洋に注ぎ込んでいるため、海洋は、主要な湖、河川流域、水路とつながっている。河川や水路によって、流域の栄養分、塩、堆積物、汚染物質が河口や海洋に運ばれる。
  8. 海洋は広大だが有限であり、資源には限りがある。

2.海洋と、海洋中の生命が、地球の特徴を形作る。

  1. 多くの土質材料と地球化学的循環は、海洋に起源がある。現在の地上に露出している堆積岩の多くは、海中でできたものである。海洋の生命は、膨大な量の珪質岩と炭酸塩岩をなしている。
  2. 長期間にわたる海水面の変化によって、大陸棚が拡大 ・収縮し、内海が生み出されたり破壊されたり、地表が形作られたりしてきた。
  3. 浸食とは、岩石、土壌、その他の生物 ・非生物由来の土質材料を削り取ることである。これは、風や波、河川の流れや海流、プレートテクトニクスにともなう過程によって堆積物が動くために沿岸部で起こる。多くのビーチの砂 (動植物や岩石や鉱物の小さなかけら)は、土質資源から削り取られ、河川によって沿岸部に運ばれる。砂は波によって沿岸資源から削り取られる。また、波や沿岸部の海流によって、砂の分布は季節ごとに変わる。
  4. 海洋は、地球上の炭素をすばやく循環させる最大の貯水池である。多くの生物は海中に溶けた炭素を使って、殻や骨格やサンゴ礁を形作る。
  5. 地殻構造の活動、海水面の変化、波力は、沿岸部の物理的構造や地形に影響を与える。

3.海洋は天候と気候に大きな影響を与えている。

  1. 海洋と大気のプロセスが相互作用し、地球のエネルギー・水 ・炭素のシステムを支配することによって、天候と気候をコントロールしている。
  2. 海洋は、地球に届く太陽放射の多くを吸収することによって地球全体の天候を穏やかにしている。海洋と大気中の熱交換によって、水循環や、海洋・大気の循環が起こる。
  3. 海洋と大気の間で生じる熱交換は、地球全体や地域に劇的な気候現象をもたらし、降雨や干ばつのパターンに影響を及ぼす。その顕著な例がエル・ニーニョ南方振動やラニーニャ現象であり、太平洋上の水面温度に変化をもたらすため、地球の天候のパターンを大きく変化させる。
  4. 暖かい海から蒸発した水が凝結することによって、ハリケーンやサイクロンのエネルギーとなる。地上に降る雨の多くは、もともと熱帯の海から蒸発した水である。
  5. 海洋は、地球の炭素循環を支配している。地球の一次生産力の半分は、海洋中の太陽光が届く層で生まれている。海洋は、大気中に放出されるすべての二酸化炭素のおよそ半分を吸収している。
  6. 海洋は、熱、炭素、水を吸収し、貯蔵し、移動させることによって、気候変動に重大な影響を及ぼしてきたし、今後も影響を及ぼしていくであろう。海洋循環の変化は、過去 5 万年の間、急激かつ大きな気候の変化を生み出してきた。
  7. 海洋と大気のシステムに変化が生じると、気候を変動させ、海洋と大気にさらなる変化を引き起こす。こうした相互作用は、物理的、化学的、生物学的、経済的、社会的に劇的な結果をもたらす。

4.海洋によって、地球は生物が生息できる場所になっている。

  1. 大気中の酸素の大半は、海洋中の光合成生物の活動によってできたものである。地球の大気に酸素が蓄積されることは、生命が発達し地上で生き延びる上で必要だった。
  2. 海洋は生命のゆりかごである。ごく初期の生命の証拠は海洋で見つかっている。今日の地球上にいる何百万種もの多様な生物は、海洋で進化した共通の祖先を持つ系統でつながりがあり、今日も進化を続けている。
  3. 海洋は、生命が地球上で生存するために必要な水や酸素、栄養素を供給し、今後も供給し続け、気候を温暖化する。(重要原理 1,3,5)。

5.海洋は、素晴らしい生命の多様性と生態系を支えている。

  1. 海洋の生命には、最小の微生物から地球上最大の動物であるシロナガスクジラまで、さまざまな大きさのものがある。
  2. 海中の生物やバイオマスの大半は微生物である。微生物は、海洋のすべての食物網を支えている。微生物は海洋でもっとも重要な一次生産者である。微生物は成長とライフサイクルがきわめて速く、地球上にある大量の炭素と酸素を生産している。
  3. いくつかの主要な生物群は海洋でのみ見つかっている。主要な生物群の多様性は、地上より海洋のほうがずっと大きい。
  4. 海洋生物学によって、地上では見られないライフサイクルや適応や生物間の関係のユニークな例(共生、捕食者と被食者のダイナミクス、エネルギー移動)が明らかにされている。
  5. 海洋は水面から海底までの水柱で、広大な生息空間と多様な生息環境を提供している。地球上の生息空間の多くは海中にある。
  6. 海洋の生態系は、環境要因とそこに生息する生物群集によって決められる。塩分濃度、温度、酸素、pH、栄養素、圧力、基質、循環などの非生物的要因の違いによって、海洋の生命は時間的にも空間的にも均等には分布しない。地球上の他のどこよりも多様で豊富な生命を支えている海域もあるが、海洋の大半は砂漠のような場所であると考えられている。
  7. 太陽光や光合成生物のエネルギーから独立した、深海の生態系がある。熱水噴出孔、海底温泉、メタン冷湧水は、化学エネルギーと化学合成にのみに依存して生命を支えている。
  8. 潮汐、波、捕食、基質やその他の要素は、岸辺に沿って垂直の帯状分布パターンを作り出す。密度、圧力、光量のレベルによって外洋の垂直分布パターンが生じる。帯状分布のパターンは、生物の分布と多様性に影響を与えている。
  9. 河口域は、多くの海洋種・水生種にとって重要かつ生産性の高い成長の場である。

6.海洋と人間は、互いに分かちがたい関係にある。

  1. 海洋は、すべての人間の生活に影響を与えている。淡水を供給し (大半の雨は海洋からのものである)、地球上のほぼすべての酸素を供給する。海洋は地球の気候を穏やかにして、天候や人間の健康にも影響を及ぼす。
  2. 海洋は、食物、医薬品、鉱物、エネルギー資源を供給する。海洋は雇用や国民経済を支え、物や人の輸送経路となり、国家の安全保障においても重要な役割を担う。
  3. 海洋は、インスピレーションや娯楽、活力、発見の源となる。多くの文化遺産の重要な要素にもなっている。
  4. 人間は、さまざまなやり方で海洋に影響を与えている。法規制や資源管理は、海洋から得るものや海洋に持ち込むものに影響を及ぼす。人間による開発や活動は、汚染 (点源、非点源、騒音公害)や、海洋化学の変化 (海洋の酸性化)、物理的変更 (浜辺や河川の変化)につながる。また、人間は海洋の大型脊椎動物を大量に殺した。
  5. 人間の活動によって生じる海洋温度や pH の変化は、生物の生存や多様性に影響を与える (温度上昇によるサンゴ白化現象や、海洋の酸性化による卵殻形成の阻害)。
  6. 世界の人口の大半は沿岸域で生活している。沿岸地域は自然災害 (津波、ハリケーン、サイクロン、海水面の変化、高潮)の被害を受けやすい。
  7. すべての人々は、海洋を守る責任がある。海洋は地球上の生命を支えており、人間は海洋が持続できるように生きていかなければならない。すべての人々のための海洋資源を効果的に管理するための個人や集団の行動が求められている。

7.海洋は、今もなお大部分が探求されていない。

  1. 海洋は、いまなお探りきれていない、地球最大の場所である。探査が進んでいるのは海洋全体の5 パーセントに満たない。海洋は、次世代の探究者や研究者にとって大きな開拓の場であり、発見、イノベーション、調査の大きな機会となる。
  2. 海洋を理解することは、単なる好奇心の問題にとどまらない。海洋のシステムとプロセスをさらに理解するために、探究、研究、発見を進める必要がある。
  3. この50年間に、海洋資源の利用は大幅に増えている。海洋資源の今後の持続可能性は、私たちが海洋資源や、そうした資源の可能性と限界について理解することにかかっている。
  4. 新しい技術、センサー、ツールによって、私たちの海洋探査能力は向上している。海洋科学者は、衛星や掃海艇、曳鯨船、海底観測所、無人潜水艦などへの依存度を高めている。
  5. 数学モデルの活用は、海洋システムの理解に欠かせない。モデルは、海洋と地球内部、海洋と大気、海洋と気候、海洋と大陸塊との相互作用の複雑さを理解するのに役立っている。
  6. 海洋の探査は、専門分野の枠を超えておこなわれる。生物学者、化学者、気候学者、コンピュータプログラマー、エンジニア、地理学者、気象学者、物理学者、アニメーター、イラストレーターらと緊密に連携する必要がある。またこうした相互作用によって探査のための新しいアイデアや視点が育っていく。