COS

海洋科学コミュニケーション
実践講座

 COSは、講座名に「海洋科学」と冠していますが、 海洋科学の専門的概念や知識を学ぶ講座ではありません。また、文章の書き方,メディアやイベントのデザインの仕方などのコミュニケーションスキルを学ぶコミュニケーション講座でもありません。
 ここで学ぶのは「相手が能動的に学習できる場を作るスキル」であり、科学教育全般において有益なコミュニケーションスキルです。

 海研は、米国カリフォルニア大学との契約に基づき、海洋科学コミュニケーション実践講座COS(Communicating Ocean Sciences、シーオーエスと呼びます)の日本での普及を進めています。
 COSには2つの講座がありますが、海研はCOSIA(Communicating Ocean Sciences to Informal Audiences、コシアと呼びます)の講師用ガイドブックを翻訳し、日本語版のガイドブックとして編纂しました。2008 年度に翻訳を開始し、2010年度に日本語版ガイドブック開発プロジェクトチームを立ち上げて翻訳の検討をおこない、専門家5名による監修を経て日本語版ガイドブックを作成しました。米国の開発チームとも連携し、ガイドブックの改訂や修正に対応しています。
 大学生に限らず、研究者や社会教育施設のスタッフなど、「科学コミュニケーションについて学びたい」という方々の要望にも応えられるよう普及・実践を進めています。本講座の体験ワークショップは、参加者、時間、目的に合わせて、講座の一部を重点的に体験できるようにするなどの工夫を加えて実施していますので、詳しくはお問合せください。

COS 開発の背景と特徴

 COSは、海洋科学を専攻する大学生や大学院生が、自らの専門知識や研究成果を社会に伝える力を習得するために作られた講座です。
 現代社会が直面するさまざまな問題には、科学技術の知識に基づく意思決定が欠かせません。科学研究者には、その研究成果を社会に向けてわかりやすく伝える力や、市民とコミュニケーションする力をつけることが、いっそう求められるようになっています。COSは、自らの研究内容を魅力的に伝えることのできる、「科学コミュニケーション能力」を身につけた研究者を増やすことによって、海洋科学研究が広く認知され支援される社会を作り出し、さらには次世代の海洋科学研究者を育てることにつなげたい、という意図のもとで開発されました。
 COSの特徴は、科学を伝えるスキル(コミュニケーションスキル)のとらえ方にあります。教えることや学ぶことに関する研究知見をもとに、「伝わることとは、相手(非専門家)が理解すること」であり、「(非専門家が)理解することとは、能動的に学ぶことによって実現できること」ととらえています。伝える対象が誰であれ、その人が能動的に学ぶ場を作ることを重視しているのです。COS で学ぶコミュニケーションスキルは「 相手が能動的に学習できる場を作るスキル」であり、文章の書き方、メディアやイベントのデザインの仕方などを学ぶ講座とは一線を画しています。また、伝える内容となる「 海洋科学の専門的概念・や知識」を提示したり学ばせたりする講座でもありません。この講座は、特定の海洋科学領域でのみ活用可能なものではなく、科学全般において有益なコミュニケーションスキルを習得してもらうことを目指しています。

 この講座は、全米科学財団(National Science Foundation: NSF)の助成を受け、カリフォルニア大学バークレー校付属ローレンス科学教育館(Lawrence Hall of Science: LHS)、スクリプス海洋学研究所(Scripps Institution of Oceanography: Scripps)など5機関からなる「Center for Ocean Science Education Excellence California(COSEE-CA )」のプロジェクトとして、その本部のあるLHSとカリフォルニア大学バークレー校(University of California, Berkeley: UCB)に所属する科学者と科学教育の専門家により開発されました。
 現在、米国内外の20以上の大学や大学院において半期の講座として開講されています。LHSでは、本講座を大学で開講したい教授らのための指導者養成研修(2.5日)を開催しており、さまざまな大学が研修会に参加しています。研修会を修了した教授らがそれぞれの大学でこの講座を開講しています。

COSの写真
科学研究と社会の関わりをまとめた図をひもときながら科学の営みについて議論します
COSの写真
受講者は実際の教材を使って学習者として体験したあと、教え方や伝え方について振り返ります

COSの種類 COSIAとCOS-K12

 COSには、コミュニケーションの相手や場に合わせたCOSIAとCOS-K12という2種類の講座があります。
 COSIA(Communicating Ocean Sciences to Informal Audiences)は、科学館や水族館などの 「インフォーマルな学習の場(下記参照)」において科学を伝えるスキルの習得を、COS-K12(Communicating Ocean Sciences to K-12 Audiences)では、米国の初等中等教育 (幼稚園年⻑児〜高校3年生まで)の場で海洋科学を伝えるスキルの習得を目指しています。
 COSIAの講座名にある“Informal Audiences(インフォーマル・オーディエンス)”とは、博物館や科学館、水族館をはじめとする「インフォーマルな教育の場」で学ぶ人たちを指します。COSIAは、こうした場を訪れる、さまざまな年齢や背景を持つ多様な人々に対し、海洋科学の専門知識や概念を伝えるために求められる配慮を重点的に取り上げます。インフォーマルな教育の場に集まる人たちは、年齢、科学に関する知識や経験や関心もさまざまであり、学習のプロセスも一様ではありません。人種や障碍の有無などにも配慮し、誰もが科学の学習に参加できるように配慮できるようになること、さらに博物館の展示などの豊富な資料を活用できるようになることを目指します。
 COS-K12(Communicating Ocean Sciences to K-12 Audiences)は、幼稚園から高校までの学校教育の場(フォーマルな教育の場とも言います)でのコミュニケーションに焦点を合わせています。基本的に学年別で集団が構成され、個人差はあるものの科学に関する知識レベルもほぼ同程度と想定される教育の場で、子どもたちの発達段階や、学習の流れを重点的に取り上げています。

「フォーマルな教育」と「インフォーマルな教育」について

 一般には、学校教育をフォーマルな教育、学校教育外の教育(たとえば科学館や水族館、メディア、家庭なども含む)をインフォーマルな教育と呼ぶ。
 「博物館で学ぶ(Learning in the Museum)」(ジョージ・E・ハイン著、鷹野光行監訳)では、フォーマルな教育とは「体系的なカリキュラムや、出席・単位取得要件などの条件が定められている教育環境」と、インフォーマルな教育とは「参加が義務付けられたり、経験の順序が定められたりしていないような教育環境」としています。

COSIAのおもな内容

セッション1 海洋科学を伝える―イントロダクション

 学習と、学習が生まれる場について考えます。「インフォーマルな学習の場での学び」を構成するものについて簡単に紹介し、インフォーマルな科学教育機関での学びの概要と、人々が科学の内容や実践を学ぶときに手助けをする重要な役割について取り上げます。

セッション2 科学の本質と実践

 科学の本質と実践には何が含まれているのか、「科学についての考え」や教えるべき内容について合意があるのか、といった問いを取り上げます。科学者や教育者として、子どもたちや一般の人々に、科学の本質や、科学の本質の重要性について理解を深めてもらうにはどうしたらよいかを考えます。

セッション3 学習はどのようにして起こるのか

 学習に関する構成主義的なとらえ方を紹介します。学習者は自分を取り巻く世界をどのように理解していくのか、また、学習者が理解を構成する際に事前に持っている知識はどのような役割を果たすのか、さらにこうしたことが教え方にどのような示唆をもたらすのかということに注目します。受講者は、学習者としての自分自身の経験を振り返り、既有知識や社会的相互作用、モデルを使用することの役割に目を向けます。そして、教えるときに構成主義と既有知識に関する研究知見をどう応用させればよいかを考えます。

セッション4 学習と教授

 人はどのように学ぶのかということや、さまざまな学習スタイルを反映させた授業づくりについて探究します。異なる教授アプローチを体験し、教授アプローチの活用の仕方によって関心や概念理解が高まることを整理し、人の学習が進んでいくときの各段階を効果的に組み立てた「ラーニングサイクル」というモデルについて理解します。

セッション5 アクティビティをデザインする

 ラーニングサイクルや効果的な指導方法など、これまでのセッションで理解したことを応用して、学習者がひとつの科学概念についてある程度理解できるようなアクティビティの開発に取り組みます。アクティビティデザインのひな型を用いることによって、科学概念を効果的に取り上げるアクティビティをデザインすることが複雑な作業であることを理解します。

セッション6 会話と質問

 会話と質問に注目し、学習者が学び、考えや概念の意味を理解するのを促すうえで会話と質問が果たす役割を重点的に取り上げます。教育者が自分の役割をどのようにとらえるかによって,学習者に与える影響がどう変わるかを議論します。

セッション7 「物」の役割を考える

 インフォーマルな環境での学習における「物」の利用について探り、会話や相互作用における物の役割について考えます。インフォーマルな環境でよく使われるさまざまな物が、どのように利用され学習を支えているかを探り、さまざまな物の利用を介して生まれる会話や行動について考え比較します。

セッション8 インクルーシブ(包括的)な学習環境を作る

 多くのインフォーマルな科学教育機関での計画立案やプログラム作成には欠かせないものとなりつつある、多様性、平等、インクルージョンに関わる問題を学びます。学習環境における多様性と、すべての学習者のニーズへの対応のあり方を掘り下げます。

セッション9 探究する心、ディスカッションを進める

 インフォーマルな学習の場でおこなう探究の概要を学びます。また,学習者がディスカッションを通じて学べるようにするために、学習者から出るさまざまな質問・疑問への対応のしかたに焦点を当てて、実用的なディスカッションの進め方を学びます。

セッション10 評価とふりかえり

 受講者がデザインしたアクティビティをインフォーマルな学習の場で実施している様子を、受講者同士で観察し評価します。アクティビティ評価の視点を紹介し、実際に評価を試みます。

参考文献